同性愛者によるまったくそゆこと関係ない記事群。コメント内リンク指示は先頭hヌキです。
by jaguarmen_99
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skin by excite
2/2の文言
朝6時起床。ウチはテレビとかつけないので喋りながら朝飯食ってます。

今朝の朝食時の話題

「ヤオイとBLってどうちがうの?」



<参考>
ネットの世界は広大だった

ふむ、良かった、思ったとおりだった。BLはヤオイの中に含まれる亜流の一派ということなんだね!

話は全然違うんですが、私は先日コレを知り大笑い。

<参考2>
夫の浮気でしょうか?

で、私にはコレはどう考えても相談者からの大喜利のお題という意図だと思われるので、私であれば「どろぼう猫の存在をにおわせます。ご注意ください。」と答えてベスト狙いたいところなのですが、見ると結構真面目に応じてくれてる人が多くて→私は始めから洒落だろーと思ってるけれど、真剣かもしれないという見方もあるの?と改めて驚く次第。


# by jaguarmen_99 | 2012-02-02 08:55 | 日々どーでも | Trackback | Comments(1)
1/31の文言


沖縄防衛局長:有権者に「講話」か…宜野湾市長選巡り

 米軍普天間飛行場を抱える沖縄県宜野湾市長選(2月12日投開票)を巡り、沖縄防衛局が職員や親族に有権者がいるかどうかのリストを作成し、真部朗局長が1月23、24両日の勤務時間内に対象者を集め、話をしていた疑いがあることが31日、分かった。共産党の赤嶺政賢衆院議員が同日、衆院予算委員会の集中審議で明らかにした。

 ◇職員らのリスト作成
 国家公務員の地位を利用した選挙運動を禁じている公職選挙法などに抵触する恐れがある。野田佳彦首相は「まずは事実関係を確認させていただきたい」と答弁。田中直紀防衛相は31日、事実関係を調査するため職員2人を現地に派遣した。

 赤嶺氏は衆院予算委で、沖縄防衛局内でやりとりされた電子メールを基に政府の対応を追及した。メールは1月4日と18日付で、いずれも同局の総務部総務課人事係から午後の業務時間内に、各部の庶務担当者あてに送られたものという。

 4日の文書は選挙権を持つ家族やいとこ、親戚が同市にいる職員の調査を依頼。18日の文書は同市在住職員と選挙権を有する親族がいる職員に、1月23日午後4時と1月24日午前10時の2回に分け、真部局長が「講話」するという連絡だった。国家公務員法102条は「職員は、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」と規定。人事院規則は「政治的目的のために職名、職権またはその他の公私の影響力を利用すること」が政治的行為にあたるとしている。

 宜野湾市長選は共産、社民、沖縄社会大衆3党からの出馬要請に応じた伊波洋一元市長と、自民、公明両党推薦の佐喜真淳県議が出馬表明している。【西田進一郎、坂口裕彦】

毎日新聞 2012年1月31日 13時41分(最終更新 1月31日 15時52分)




やってておかしくない、とは思ってるんでやったことには違和感無いんだけど、正直どう考えても手紙なんかよりアシがつきそうなチンピラ手法をえらぶあたりが県民として感動すら感じるなぁ。。おまいら政治家だろ!もっとねちっこくやれや!何て庶民に手の届く馬鹿さ加減。

民主党の一川保夫参院幹事長は31日の記者会見で「私の在任中は一切知らなかった」と述べた

私的推測ではこれもありえねーなぁ。だってこの馬鹿さ加減と、普天間で「でも小学校の上とかそんなに通らないんでしょ?」と県メディアの前で言い放った時の馬鹿さ加減、ぴたり一致だぜと老ガニマール。ちなみに失言続きらしいこの方なんですが、ああ、これも同じニオイだもんなぁ。やっぱり息がかかっててなんだよなぁ。

<参考>
これも、ね

私はその土地に暮らすならできたら土地に清濁あわせ恋したいもんだと願うが、そうじゃないヤツが色々左右するっていったらやはりムカっとくるのですよ。





# by jaguarmen_99 | 2012-01-31 22:03 | 日々どーでも | Trackback | Comments(0)
珍しく手料理を「頂きます」。
基本的に私め、人様の手作りゴハンが大好きです。

ただし、正統派の手作りゴハン。凝ってなくたって、余計なもの使ってない年配の方の手作りゴハンは特に大好きです。口にすると、失礼ながら、うわあ!年の功だ、と思わず笑っちゃう。
ああ、今の自分は絶対に出せない味わい。この謎と溝は何だろう?

私自身イマドキの主婦の殆ど、よりはマトモかつ上手いこと作ってる自負があるんですが→そんな小さな自信も見事に打ち砕かれてしまう。何でそんなにシンプルなのに重厚な味になるんだろ。もう、人生の重みとしか理解できないような。

先日ありがたくもおつきあいのある先輩婦人にお呼ばれ→いや、嘘です。ねじ込んだのです。
実は数年前に先輩婦人と知り合い、しかし普段の私めのはたらきようを婦人は大変評価してくださった。ごほうびにその年の年末、正月料理のお裾分けを下さった。

これがすっげえ旨い!


旨い!旨い!と相方もがつがつ。
人んちの御飯が忘れられない!という極めてずうずうしい根性により当方よりちょーだい!とおねだりを致しました。いえ、もちろん彼女も私が料理をすることは色々差し上げたことからもご存知なので何か交換しましょう、と持ちかけたのですが。私に気遣いをさせないためでしょう。
お呼ばれをしてご馳走になったうえお土産も頂戴してしまう。

やっぱりすっげえ旨い!


昔ながらの沖縄料理の数々に簡易なお漬け物。

またウマー・・・


本当にどんなに旨いと賞賛しても、「何もたいしたことは・・・」という。ぜひレシピを教えてください、と申し出ると「えー?!だってテキトーにやってるし・・・」という。こだまでしょうか?ああ、自分と全く同じこと言ってるうぅ。愛だよなぁ。沖縄のオバアに習ったんです、とか言って商売してる人内地にいると訊いたけど、これは違うと思ってます。伝承するのは味じゃなくて、おいしいかい?というその愛なんじゃないの?と。評価とか対価とかは2番以下のことで、それが味付けの秘訣なんじゃないかと思う。それがいまひとつ広がりづらい郷土料理の真髄ってもんだと私は思ってるんだけれど。そういう愛という関係って郷土によって違うから、だからこそ距離おいていいんじゃないの?と。

そして噛むほどに、うーむ、目指す頂(いただき)は遠いなぁ。
何と言うか嫁に行ってたら嫁ぎ先では結構かわいい嫁だったんじゃないかという気がしてきた。




# by jaguarmen_99 | 2012-01-30 20:26 | サンキューフォーザメシ | Trackback | Comments(1)
1/30の文言
べーくしょ!

ゔぁーっくしょ!



やられた。風邪うつされた。
が、加害者は相変わらず自分が元気になっちゃえばあとのこた関係無いらしく、孤独な闘いを強いられております。

みなさまくれぐれもお体ご自愛くださいませ。



# by jaguarmen_99 | 2012-01-30 08:59 | 日々どーでも | Trackback | Comments(2)
【イヴ・サンローランへの手紙】を読みました。
【イヴ・サンローランへの手紙】 を読みました。とてもせつない。ひどくせつないのです。死を思えば、やはりそう考えずにいられない。

訳者の意図もあり恐らく原文を損なわないようにしているのでしょう。かなりコッテリした文面で、もうちょっと「気持ち」を意訳してくれても!という贅沢を言いたくなりますが、逆にそれが良いのかも。恋人に残されたとある人物を、冬の日だまりのなかただ見つめるような寂寥感があります。皮肉めいたところも数多いのですが、文体のせいかあまり悪く言ってるように見えなかったりする。お下品な私だったらたぶん「僕らってシャネルが嫌いなオカマの勘定に入ってたのかな?」と考える前に言っちゃうとこだと思いますが

著者:ピエール・ベルジェは故イブ・サンローランの恋人であり、ビジネスパートナーでもあった。この本は恋人に先立たれたピエールがイブの死後、彼に綴った日記であり手紙なのです。

まず私は驚きました。

YSL ってそっちなの??へぇ〜



ファッション専修学校中退かつ性癖としては当事者であるにも関わらず、私め出自が生粋じゃないせいか私の目ん玉ビー玉&節穴ぶりといったらナイ(※ 過去参考)。我ながら驚くぜ。そういえば学生時代カンサ×はゲイだろ、って思ってたら妻子アリと聞いてやはり同じように驚いたことを思い出しました。むしろ100%言い当てる私のノンケの友人は立派ですが、これはこれで目ん玉にうつるもモノ全部そうみえる色眼鏡じゃないかと思えますが。

誤謬を恐れずにいえば私が相方との関係を戸籍を整えるまでに至ったのは、2人ともに死を想うことが一般よりは身近だという共通項に起因していると思います。正味の話、身内だという認証がないと有事に駆けつける、見守るといったごく当たり前のことも社会的には不寛容だというのが現実だと思うんです(個々がどう思うかは置いておいて)。一般的な婚姻は人生の帰結って契約の先に緒にいるなら看取るというポジティヴの延長線上ですが、私たちのの契約は帰結のために婚姻すべえというネガティヴから下ろした線上にあるのかとも思います。頼れる親とかも無いので余計に自分たちで完結するために考えちゃうわけです。当然ヒトの子なのでそれなりに考えるとこはあるんですが。

ある日この感覚のまま普通に他の人に尋ねたらですね、殆どのひとが自分や家族が死ぬことって

つるっと考えてなかったりする


のでちょっと驚きました。この不可侵はタブーだから!という強い観念があるようで、死=禁忌をあらわす非礼であると感じる方が多いようです。

色々有るんだ、と初めて思いました。私にとっては死に触れないことは気遣い&優しさなのか?と疑問ですが、究極に支えあうという同じ価値観で生きている人にとっては信心なども含めそういう受け身の結果を選ぶこともあるのだろう、と。

ピエール・ベルジェはイブ・サンローランの引退後、彼を看取るまで暮らしを共にします。ドラッグやアルコールに溺れていたらしいイブ・サンローランは死の間際過食にこだわりストイックに維持した自らの肉体を太らせたらしい。かなりヒステリックでもあったようです。

紆余曲折あった2人も、何だか人生をまとめるのは君らしい、という純粋な「暗黙の了解」があり、そしてイブが召されたあとも暮らしの端々に純粋が君がいなくて「寂しい」と気付く彼の想いがただ、せつないばかりです。2人の距離は恋人が召されるタイムリミットを知り、初めて近づいて行くものがあったのではないかと。

ああ、いないんだ、と思った時、家族でも愛しい相手でもペットでも。命がそこにあった限り寂しいと思う。根拠のない世界ですら、約束はなくともまた会いたいと願う。たとえ誰であっても、2人の人間の隅々まで理解しあえたり許容しあうことは、とても大変な覚悟の必要なことだと思う。私たちはそれを想ってから、選んだということになっています(笑)。

受ける印象とは全く逆に、どうやら子供っぽいイブとピエール・ベルジェ。2人はかなり遅くなってから PACS 契約をしている様子(パクスは1999年施行、イブが引退したのが2002年。2008年没。)。これを正解だと思ってるよ、と聞き驚くピエール。なかなかに振り回されて来たのでしょうし、そうしたことにいちいち付き合ってもいられなかったでしょう。仕事のパートナーでもあるので距離の取り方というのは2人にしか分からないものがあると思います。

で、読み応えとしては各所のこの本へのレビュー。各人の恋愛観が丸見えで読んでて大変たのしい。

つまり私の感想もその一部ですから、割と純愛らしいと見える印象もあるでしょう。レビューをいろいろまさぐってみてください。自分で立っているひとと、他人に依存しているひとと、恋愛って実際はどちらも選びようがあると思うんですが、ああ、(私を含め)人間はひとっところからナカナカ動かないまま色々求めているらしいという微笑も浮かぶはず。

# by jaguarmen_99 | 2012-01-28 19:51 | 世界遺産的マンガ&BOOKS | Trackback | Comments(0)
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