ミステリを特に読むわけではないんですけど、ミステリに限らず海外モノって読んでて唐突に文脈と関係無い表現が出て来ることありません???で、文中に人名やらが出てくるんで構えてるんだけど終わるまで出てこなかった。アレ何だったんだろ…とは思うんだけど作品中に2〜3有ったので、まあ何だかアメリカンジョークみたいな、向こうでは気のきいた言い回しなのかも…なんて思い込んで済ませちゃう。そう…考えもしなかった。
それが誤訳かもしれないなんて。
帯のアオリから可笑しい。『
なぜ刑事はとつぜんデンマーク人を探しにいったのか』
”He went down for some Danish.”
でも私みたいに分からないまま据え置きにしてたことの謎が解けたような気がしません?そう、こういう唐突極まり内感じだった!
【海外ミステリ誤訳の事情/直井明】を読みました。
まず翻訳には誤訳が生まれるのは必定、100%の小説の翻訳は元より至難の業であるとしています。つまりただ訳しているだけではなく、極力わかりやすく、またこの場合ミステリ小説の魅力を損なわないよう配慮しなくてはならない土壌があるからだ、と。
『とてもきれいな歯をしてらっしゃるのね』
原文は”I see you have a sweet tooth”これはかなり以前に翻訳された小説なので、いまどき、こんな間違いをする訳者はいないかも知れない。
甘い歯を持ってる? オイ、答え書いてねーじゃん、という訳で慌てて調べてみると案の定「甘いものが好き」という意味だそうで。そしてここが訳者さんのカンどころだと思うんですが、たとえばそれがそれが淡い恋心寄せる女性に言われるか極道の女に言われるか、めがねっ娘ケモに言われるかでもまた台詞まわしは変わってくる(想像すると楽しいネ!というわけで私の空想をたたんでおきました)。
逆に「恐れ入谷の鬼子母神だぜ」をばか丁寧に英語で直訳されていたらどうだろう?最近はよく巻末の注釈にまとめてあったりするんだけど、そこに台東区の寺の信仰を集める何タラ、なんて糸口にならない講釈をするよりも文中で「すっかり感心した、感服した、驚かせてくれた」と言わせたほうが読者の気を散らさないですむと想像できます。小説の翻訳とは私たちがかろうじて英語の説明書を読めることとは違う世界なんだろうと思います。
文脈読んで背景読んで、キレイにして読者に渡す、それを持って誠実な仕事としたいと著者は言ってるのです。その上で、迷訳・誤訳が生まれるには
・訳者の手抜きによるもの(文法の読み違い含む)
・訳者が勝手に盛っている
・元から原作者がテキトー
だから自戒をこめつつもこれはひどくない?という誤訳を集めているんですが、その執念たるや凄まじい。ただ漫然と言ってるだけじゃなくて、できるものなら全て原文を取り寄せ、無ければ持っている友人に読み上げさせ、時に仲間の翻訳者に「アレ間違ってない?!ねえ!おかしくない?!」と絡み果ては「地図も見ましたけど作中の救世軍の位置おかしくないですか?当時の僕の記憶と違う」と詰問して「ンな事訊くのお前だけじゃ!」と原作者に言わしめる次第。やられたら迷惑なんだけど、なんだか憎めない。誤訳のニオイをかぎつけとことん考証してみせる。
調べるのにかなりの時間がかかったはずで、この作家は凝り性である。
お前が言うな、な本です。
とにかく好奇心いっぱい、多方面に造詣の深い著者ですが、今でこそネットで手軽に調べられることも、古い時代の訳者たちはこんこんと自力で資料を集めて孤軍奮闘しておられました。それは敬うべきことだけど誤訳は別腹!という著者。
ご本人は海外ミステリ研究家だそうです。
ちなみに刑事はデンマーク人を探しにいったのではなくて
デンマーク人なら,Dane とか Danish guy と言うべきだし、外出したのなら went out と言うと思うのだが、went down と答えている。実際は「デニッシュ・ロールを回に行ってます」と言っているのだ。
そう、感じた違和感は誤訳のニオイだったのかも知れない。
刑事だから別件で何か捜しに行ったんだろう、と誤解できたあの頃にはもう戻れない。
以下私の空想ではこう!
淡い恋心寄せる女性「へえ、甘いもの好きなんだ?」(平成版) 「甘いもの…よく…めしあがるんですか…?」(昭和版)
極道の女「きれいに食べはらますなぁ。」
めがねっ娘ケモ「わたしも大好きですぅう!」