【ゴリオ爺さん】を読みました。
小説【ゴリオ爺さん】を読みました。

年を取ってきますと馴染みの無い長ったらしい名前がやたらに出て来てますます覚えづらく「えっ…これ誰だっけ…?」が良く有るのですが光文社古典新訳文庫版は有り難いことに主要人物の肩書きメモが書いてある栞がついておりまして
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…天才か!


「世の中カネがすべてなのさ!」の腰巻きもふるってます。作中にまるっと台詞が有るわけではないんですが、そんな結末です。まあそりゃそうなんだけど。
さて、私は別に小説好きというわけでも無いので、これから並べるのは立派な書評ではなく中学生の読書感想文とお見知りおきください。(こっから全然変わってない)。自分の愛する作家が( → エントリーされてるかすら分からないまま)ノーベル賞もらうかも!と毎秋集まるような熱意など湧く事は無い。

過去ドストエフスキー著名5作 → フランス好きなんでフランス文学 → そっからフランス古典やら読んでみるかに繋がっておりますが、私は初めにドストエフスキーはこの世のオチの冗長ナンバーワンだと思っていました。だが、フランス文学古典に比ぶるものなしと今の時点で言えましょう(※ 既に私はユゴーとプルーストはギブアップ中)。

その長話といったらサスペンス劇場で
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山村紅葉が深夜にお腹空いたァ、よし食べちゃうか!などとほざいてカップ麺あけて湯を沸かす、クダクダ有ってうっかり転がるヤカンを見つめた刹那、謎を解くヒントを閃く!もみじ とします。
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 ※ 全て私の妄想です。

ドストエフスキー:もみじ +サモワールが湧いていた
フランス古典文学:4もみじ さらに各もみじ を関係代名詞で繋いでてクソ面倒くさい。

外国語苦手な人ほどハッキリ覚えていると思いますが、元々後ろに補完していく言語で関係代名詞ってほぼ逆の日本語話者には凄くなじまないリズムでして、カッコの中にカッコを入れて繰り返していくイメージですよね?適当な長さならまだしも
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スパイス、とか上野、辺りでもう情報が上限に。最終的にカレって誰だっけ?みたいな。私の知人に、この喋り方する人が居て。もう言いたい事が全然わかんない。

もちろん私も日本語訳を読んでますけどこの冗長な表現に入り込めるまでに日本人作家の小説以上にクセに馴染むのに時間がかかります。そして私が知る限りなのですが、フランス語を含むヨーロッパ言語は『同じ表現の繰り返しを避ける』のを文章構成の美徳としていて、たとえると

大統領 >> 最高府の男 >>> 華奢で背の高い >>>> 底意地の悪さに優しさという確信を持つ

とか繰り返すんですけどこれももう、カッコ内にバカバカ情報を盛り込む感じで面倒くさい。これも誰だよ?あっ…?大統領のことか…という手間を増やす。もちろん日本語表現でもそれはあるのですが主語を曖昧にできる日本語はかなりクッションが柔らかめです。せっかく翻訳し直すんなら分かりやすくして欲すぃ…。

さて、そういうモンだと達観しつつ、いつもの3行まとめを。

・成金のゴリオさん娘溺愛
・甘やかされた成金婚の2人の娘、バカのまんま嫁ぎ先からも親爺にたかって爺さんスッテンテン。そのうち1人は主人公を情夫にすることに。
・主人公、金のニオイに終始ふらつきつつも、人間関係上、孤独に逝く義父を看取ってから金と成功の世界への誓い


さて、この【ゴリオ爺さん】私が今まで読んだ中でベスト1の後先見ない少年ジャンプ的進行。何と言うか刹那的で、やたら物語がさくさく進むシーンと、前述したようにど〜〜〜〜〜〜でもいいシーンが長ったらしく語られるというバランスの悪さ。オシシ仮面的ループ(※ @ドラえもん。締め切りに追われ主人公を殺してしまった漫画家が収拾つかなくなって読者の期待感のために登場人物を毎回殺して引くという禁断の手法に陥る黒エピ)みたいと思ったら当時も連載だったのですね。

読書感想文を書きたい方は光文社古典新訳文庫に限ってはあとがきにネタバレ有りで簡潔なので、そこから膨らませましょう。これでA取れるならむしろアナタに文才があるかも知れません。

主人公ウジェーヌが住まうパリの共用アパートにはほか住人にゴリオ氏、重犯罪者ヴォートランが混ざっています。このアパートには他に大金持ちの父から認知されずにいる若い女性がいて、主人公はヴォートランに彼女の兄=つまり家系の相続者を殺すので、その先相続者として金持ちになるだろう彼女と一緒になればいいとけしかけます。
主人公は迷いますが同時にコナをかけていたゴリオの娘との天秤に「どちらがカネになって出世に繋がるのか」とおおいに悩むのです。ここで難しいのが何でゴリオ氏の娘さんたちって既婚者なのに、平然とチョッカイかけてんの?ということ。このあたりはバルザックなどの背景に詳しい鹿島茂氏の著書が大変分かりやすいです。ここではそういうルールとしておきます。成功したければ社交界に出る必要があり、自分にカネが無ければチャンスは社交界の誰かのヒモか愛人になる、なのです。

何と申しますか、あっそ…という話の連続なので人間らしいと言えばヴォケール館で警察のイヌとなってヴォートランを陥れようとしたミショノー嬢(と、いってるが独身なだけで中年。原文が mademoiselle なのでは? 現代はみなmadame で統一されているとか。)をなぜか出入りしているだけの主人公の友ビアンションが音頭を取り、全員が「かーえーれー!!!出ていけー!」とやるシーン。皆それまでエラく汚いジョークを浴びせ合いつつ、人付き合いを臆面もなく天秤にかけつつ、なのにいったい何が君らの誠実さなんだ?と考えさせる。ゴリオさんの末期に付き合う主人公ウジェーヌと友ビアンション。日本人が古典に望むサムライ的忠義は国際的にはまるで通じない感覚なのかも。

ちなみに私の知り合いのフランス人は『フランス人(は)、とても失礼です!私は日本に住みたい!』と言ってました。凄く気がいい人なんで、強いハッタリからの駆け引きを好まない人なんだと思います。
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by jaguarmen_99 | 2017-10-25 20:03 | 世界遺産的マンガ&BOOKS | Comments(4)
Commented by れんと at 2017-10-25 20:37 x
括弧の多重化、方面は違いますが、僕も結構やります。西洋の人は、論理的に筋が通っていれば(それぞれがちゃんと閉じてれば)、括弧がいくら重なっても構わない(フォローできる)のかも知れませんね。

あと、同じ表現を避ける(言い回しを変える)のは結構好きです。英語の文とか翻訳物に多いですね。クラシック音楽も、そんなところがあります。

だけど、小説の内容には全く興味が湧きませんw ゴリオ「爺さん」てとこで早くも撤退です(爆) なんていうのか、その時点で、日本語じゃない気がするんですよ。日本語だったら、「ゴリオ爺」とか、「ゴリオジジイ」とかになるんでしょうかねw まあ、そもそも、元が日本語じゃないんだから、仕方ないといえばそうなんですが・・・
Commented by jaguarmen_99 at 2017-10-27 20:17
■ れんとさま
> 論理的に筋が通っていれば(それぞれがちゃんと閉じてれば)、括弧がいくら重なっても構わない(フォローできる)のかも知れませんね
感覚的にここで閉じた、と考えられるのだと思います。私たちでいえば「〜したんだけど」とかでしょうかね、逆に西洋人には分かりづらいヤツかと。
> あと、同じ表現を避ける(言い回しを変える)のは結構好きです。
私もなるべくそうするようにとは思っているのですが、冗長になるガイドラインというのは個別に見つけるより他ないですよね…。この辺りに規範が無いというか。
> 「ゴリオ爺」とか、「ゴリオジジイ」とかになるんでしょうかねw
原文だと Le père Goriot (父であるゴリオ氏、とも取れる)なので薄情な娘2人と主人公は共にゴリオを父と呼び異なる選択をすることになります。
日本語訳だと今時なら「ゴリオとふたりの娘」とか「父ゴリオの一生」とかもっと分かりやすい感じになるのかな。私は新訳するんだったらタイトルだって変えちゃえば?って思うんですけどねぇ…。
Commented by れんと at 2017-10-27 20:20 x
> タイトルだって変えちゃえば?

同感です。折角書いて頂いた筋すら読んでないので、合ってないと思いますが、「クソジジイ」みたいなパンチあるのがいいですw
Commented by jaguarmen_99 at 2017-10-28 17:10
■ れんとさま
> 「クソジジイ」みたいなパンチあるのがいいですw
偏執爺卍とかね。
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